国語、算数、理科、社会、英語、そして最近ではプログラミングなど、
小学校から高校、または専門学校まで、
学校ではさまざまな勉強をします。
基本的には教科書に沿って、先生から授業を受けながら勉強していきます。
ただ最近、この『学校で勉強する』ということについて、
少し考えることがあります。
学校は『勉強をするトコロ』というより、
『勉強を知るトコロ』なのではないかなぁって。
例えば、
学校で理科を習って、
「理科って面白いなぁ」と思う人がいるかもしれません。
そこからもっと生物や化学、物理について知りたくなって、
将来は研究者を目指す人もいるでしょう。
社会の授業で歴史を知って、
「昔の人たちは、どんな生活をしていたんだろう」と興味を持ち、
もっともっと歴史を勉強して、
歴史学者を目指す人もいるかもしれません。
算数や数学が好きになって、数学について深く研究する人。
国語の授業から文学が好きになって、文学について研究する人。
英語が好きになって、海外の文化や言語について勉強する人。
学校でいろいろな教科を習うことで、
「こんな勉強があるんだ」と知ることができます。
そして、その中から、
「これ面白いなぁ」というものを見つける。
これが学校のとても大切な役割なのではないかと思います。
もちろん、学校の授業だけでもたくさんのことを学べます。
ただ、そこから何かの専門家になろうと思えば、
学校の授業だけでなく、自分自身でさらに勉強していく必要があります。
本を読んだり、
インターネットで調べたり、
実際に作ってみたり、
失敗したり、
また調べたり。
そうやって、学校で知った勉強を、
今度は自分自身で深く掘っていく。
だから、
『学校は勉強をするトコロ』
という考え方だけではなく、
『学校は勉強を知るトコロ』
という考え方も大切なのかなぁと思っています。
そして学校以外で勉強することが、
本当の意味で自分の勉強をするトコロ。
そんなふうに考えると、
「学校で習っていないから判らない」という言葉も、
少し変わってくる気がします。
「習ってないから判らない。」ではなく、
「習ってないから、学びたい。」
私は、学校でプログラミングを習ったことがありません。
それでも、
自宅で本を読んだり、
インターネットで調べたり、
実際にプログラムを書いて、
何度もエラーを出したりしながら、
少しずつできるようになりました。
いま考えてみると、
誰かに「これを勉強しなさい」と言われて始めたわけではありません。
「これ、どうやって作るんだろう」
「これを動かしてみたい」
そんなトコロから始まりました。
知らないから、調べる。
判らないから、やってみる。
失敗したから、また調べる。
学校で何を習ったかも、もちろん大切です。
でも、学校を卒業したあとも、
知らないことは山ほどあります。
その度に、
「習っていないからできない」で止まるのではなく、
「じゃあ、勉強してみよう」と思えること。
もしかすると、学校で身につける一番大切なものは、
知識そのものだけではなく、
『自分で勉強を始めるきっかけ』なのかもしれません。
学校は、勉強を知るトコロ。
学校以外が、勉強をするトコロ。
そんな考え方も、結構大事なんじゃないかなぁと思います。
