要旨
本稿では、自身の置かれた状況について改善を望みながら、その改善を実現する主要な主体を自己ではなく、他者、組織、制度、環境等の外部へ設定する心理傾向を「眠り姫傾向(Sleeping Princess Tendency)」と仮称し、その概念化を試みる。
本概念は、Julian Rotterによる統制の所在、Bernard Weinerによる帰属理論、Martin Seligmanらによる学習性無力感、Albert Banduraによる自己効力感、援助要請研究における依存的・自律的援助要請等と関連する。しかし、これらの既存概念が主として「結果の原因をどこに求めるか」「自己の行動によって結果を生じさせられると認識しているか」「自ら課題を遂行できると認識しているか」等を扱うのに対し、本稿では「望ましい未来を実現する主体を誰に設定しているか」という未来志向的な認識に着目する。
本稿ではこれを「好転主体の外部化(Externalization of Improvement Agency)」と呼び、外的統制等の既存概念と関連しながらも弁別可能な仮説的構成概念として検討する。
1. 問題の所在
人間の成功・失敗や生活状況は、本人の努力のみで決定されるものではない。
教育環境、家庭環境、経済状況、社会制度、健康状態、所属組織、他者との関係、偶然等、多数の外的要因が個人の状態に影響する。
したがって、現在の不遇について外部要因を認識すること自体は非合理的ではない。
しかし、現在の状態の「原因」がどこに存在するかという問題と、今後その状態を「改善する主体」をどこに設定するかという問題は、必ずしも同一ではない。
例えば、「現在所属している組織の環境が悪い」という認識を持つ二人が存在するとする。
一人は、
- 「そのため、異動を申し出る」
- 「転職する」
- 「必要な支援を要請する」
- 「環境改善を組織へ働きかける」
などの行動を選択する。
もう一人は、
「組織が自分に適した状態へ変われば、自分は能力を発揮できる」
と考えながら、本人から状況を変更するための行動をほとんど行わない。
両者はともに問題の原因を「環境」に帰属している。
しかし、問題解決における主体の位置が異なる。
前者では、「原因は外部に存在するが、それに対して行動する主体は自己である」のに対し、
後者では、「原因も外部に存在し、その改善を実現する主体についても外部に設定される」からである。
本稿が着目するのは、この差異である。
2. 統制の所在との関係
Julian Rotter(1966)は、行動と強化の関係について、結果が自己の行動に随伴していると認識する傾向と、運、偶然、他者等によって左右されると認識する傾向の個人差を論じ、内的―外的統制という枠組みを提示した。
この理論は、本稿の概念と極めて近い。
外的統制傾向が強い人物は、自らの結果について外部要因の影響を強く認識すると考えられる。
しかし、統制の所在が主として、「結果は何によって決まると認識しているか」という期待を扱うのに対し、本稿では、「現在より望ましい状態を実現するために、誰が行動すべきだと認識しているか」という問題を独立して扱う。
例えば、「就職は景気や企業の採用状況に大きく左右される」という認識を持つことと、「したがって自分にできることはない」と認識することは同義ではない。
外的要因の影響を強く認識しながら、自己の制御可能な領域について積極的に行動することは可能である。
したがって、本稿では「外部要因の影響を認識すること」と「改善主体を外部へ設定すること」を区別する。
3. 帰属理論との関係
Bernard Weiner(1985)は、成功・失敗の原因認知について、「所在(locus)」「安定性(stability)」「統制可能性(controllability)」という主要な次元を提示した。
例えば失敗について、能力不足、努力不足、課題の難易度、運、等の異なる原因帰属が可能であり、それらの認識は将来の成功期待や感情、動機づけへ異なる影響を与える。
この枠組みは、眠り姫傾向を検討する上でも重要である。
しかし帰属理論が、「なぜ、この結果になったのか」という因果認知を中心としているのに対し、本稿で扱う問題は、「では、これから誰がこの状態を変えるのか」という改善主体の認知である。
したがって、原因帰属(causal attribution)と改善主体帰属(improvement-agency attribution)を区別する必要がある可能性がある。
4. 学習性無力感との関係
Steven MaierとMartin Seligmanは、制御不能な出来事を経験することによって、その後の行動にも認知的・動機づけ的影響が生じる学習性無力感を論じた。
その後Abramson、Martin Seligman、Teasdaleは、人間における無力感について帰属理論を導入し、制御不能な結果をどのような原因へ帰属するかによって、その後の無力感の持続性や一般化が異なるという再定式化を行った。
眠り姫傾向にも、「自分が行動しても結果を変えられない」という認識が伴う可能性がある。
しかし両者には理論上重要な差異がある。
学習性無力感では、「自分の行動と結果が結びつかない」という認識が中心となる。
これに対して眠り姫傾向では、「状況は改善可能である。しかし、その改善は外部から生じる」という認識が成立し得る。
つまり、改善への希望そのものは失われていない。
失われている、あるいは外部化されているのは、「自分がその改善を開始できる」という認識である。
この意味で、眠り姫傾向を、「希望の喪失」ではなく「希望の主体の外部化」として捉えることができる。
5. 自己効力感との関係
Albert Bandura(1977)は自己効力感について、ある行動を遂行できるという本人の期待が、行動の開始、努力量、困難に直面した際の持続等に影響することを論じた。
自己効力感が低い場合、「自分にはできない」という認識から行動が抑制される可能性がある。
この点でも眠り姫傾向との関連が考えられる。
しかし、「自分にはできない」ことと、「誰かが状況を変えてくれる」ことは同一ではない。
例えば、「自分にはこの問題を一人で解決する能力がない」と認識した人物が専門家へ相談する場合、その人物は自己の能力の限界を認識しながら、問題解決そのものについては主体的に行動している。
したがって、自己効力感の高さと、改善主体を自己に置くことも理論上区別できる。
能力がなくても主体的であることは可能であり、能力があっても主体性を外部へ委ねることも理論上可能である。
6. 援助要請研究との関係
Sharon Nelson-Le Gall(1981)は、援助要請を単純な依存行動としてではなく、問題解決に関わる能動的な行為として捉え、援助要請の目的による区別を論じた。
特に教育研究では、課題を最終的に自力で遂行するために必要な説明やヒントを求める「道具的援助要請(instrumental help-seeking)」と、課題そのものを他者に解決してもらおうとする「実行的援助要請(executive help-seeking)」が区別されてきた。
この区別は、本稿の概念に重要な示唆を与える。
援助を求めること自体は主体性の放棄ではない。
むしろ、
- 問題を認識し、
- 必要な援助を判断し、
- 適切な援助者を選択し、
- 援助を要請し、
- 得られた援助を利用して問題を解決する、
という一連の行為は、極めて主体的な問題解決行動となり得る。
したがって眠り姫傾向を、「他人に頼る傾向」として定義することは適切ではない。
重要なのは、「援助を自分の問題解決手段として利用する」のか、「問題解決そのものを外部へ移譲する」のかという差異である。
7. シンデレラ・コンプレックスとの関係
Colette Dowling(1981)が著書『The Cinderella Complex』で論じたシンデレラ・コンプレックスは、女性の自立への不安と、他者から保護されたいという欲求を中心とした概念である。
眠り姫傾向は「外部から救済が訪れる」という点で類似する。
しかし、シンデレラ・コンプレックスでは対人的な依存や保護への欲求が中心であり、また歴史的に女性の自立という文脈から論じられている。
一方、本稿で想定する眠り姫傾向には性別を前提とせず、改善主体も特定の人物に限定されない。
企業、学校、行政、社会制度、技術、経済環境等も改善主体として設定され得る。
したがって本概念では「誰かに保護されたい」という欲求よりも、「自分を取り巻く外部環境の変化によって、自分の状態が改善されることを待つ」という認識構造を中心とする。
8. 「好転主体の外部化」という仮説
以上の先行概念との比較から、本稿では眠り姫傾向の中心的構成要素として、好転主体の外部化(Externalization of Improvement Agency)を仮定する。
これは、
本人が現在より望ましい状態への変化を期待しながら、その変化を開始・実現する主要な主体を、自己ではなく外部の人物・組織・制度・環境等へ設定する認知傾向
と定義する。
ここでは、原因帰属と好転主体帰属を二つの独立した軸として考えることができる。
8.1 二軸モデル
| 原因帰属 / 好転主体帰属 | 好転主体=自己 | 好転主体=外部 |
|---|---|---|
| 原因=自己 | A:自己原因・自己改善型 「自分の準備不足だった。次は準備方法を変える」 | C:自己原因・外部改善型 「自分には能力がない。良い先生に出会えば何とかしてもらえる」 |
| 原因=外部 | B:外部原因・自己改善型 「現在の職場環境には問題がある。転職活動を始める」 | D:外部原因・外部改善型 「環境が悪い。環境が良くなれば自分もうまくいく」 |
このうち本稿でいう眠り姫傾向が最も明瞭に現れるのは、Dの「外部原因―外部改善型」であると考えられる。
ただしCについても、改善主体を外部へ設定しているという点では、眠り姫傾向の一形態となる可能性がある。
9. 眠り姫傾向の仮説的循環モデル
以上から、次の循環を仮定することができる。
この循環が成立する場合、眠り姫傾向は自己強化的になる可能性がある。
本人にとっては、「自分が行動しなかったから変化しなかった」ではなく、「環境が変化しなかったから状況が変わらなかった」という解釈が成立する。
その結果、状況が改善しなかったという事実そのものが、「やはり外部が変わらなければ自分は変われない」という認識を強化する材料となる可能性がある。
10. 眠り姫傾向と主体性
以上の議論から、眠り姫傾向の反対概念を「自力」と設定することは適切ではない。
人間は社会的存在であり、他者、組織、制度等の支援を利用しながら問題を解決する。
重要なのは、誰の力を使ったかではなく、誰が問題解決を開始し、選択し、調整しているかである。
そのため、本概念における「目覚め」は、「他人に頼らないこと」ではなく、「自分自身を意思決定および問題解決の主体として位置づけ直すこと」と定義することができる。
11. 仮説的測定項目
本概念を心理学的構成概念として検証するためには、将来的に尺度化が必要となる。
例えば、以下のような質問項目が考えられる。
- 「自分に合った環境さえ与えられれば、今より能力を発揮できると思う」
- 「状況が良くならないのは、周囲が十分に変わってくれないからだと思う」
- 「良い指導者に出会えれば、自分は大きく変われると思う」
- 「問題が起きたとき、自分が何を変えるかより、周囲に何を変えてほしいかを考えることが多い」
- 「自分の状況が改善するためには、まず周囲が変わる必要があると思う」
一方、逆転項目として、
- 「環境そのものを変えられなくても、自分にできる行動を探す」
- 「自分一人で解決できない問題では、自分から必要な援助を探す」
- 「環境に問題がある場合、その環境から離れることも自分の選択肢だと考える」
等を設定できる。
ただし、これらは現段階ではあくまで仮説的項目であり、尺度として使用するためには因子分析、信頼性、収束的妥当性、弁別的妥当性等の検証が必要である。
12. 結論
本稿では、状況改善を望みながら、その改善を開始・実現する主体を自己ではなく外部へ設定する認知傾向を「眠り姫傾向」と仮称した。
既存研究には、統制の所在、帰属理論、学習性無力感、自己効力感、援助要請等、本概念と密接に関連する理論が存在する。
しかし、「なぜ現在の状態になったのか」という原因帰属と、「誰がこれから状態を改善するのか」という改善主体帰属を明示的に分離することで、既存概念とは異なる分析軸を設定できる可能性がある。
本稿では後者を、「好転主体の外部化(Externalization of Improvement Agency)」と定義した。
この観点からすれば、外部環境に問題が存在することを認識することも、他者の援助を利用することも、それ自体は眠り姫傾向を意味しない。
問題となるのは、自己が実行可能な意思決定および問題解決行動まで、外部の変化へ委ねることである。
したがって、「眠り姫」に対置されるものは「一人で何でも解決する人物」ではない。
援助を受ける場合であっても、自分自身が状況改善の意思決定主体であり続ける人物である。
この意味において、本概念における「目覚め」とは、自力救済ではなく、好転の主体を自分自身へ取り戻すことである。
参考文献
- Abramson, L. Y., Seligman, M. E. P., & Teasdale, J. D. (1978). Learned helplessness in humans: Critique and reformulation. Journal of Abnormal Psychology, 87(1), 49–74. https://doi.org/10.1037/0021-843X.87.1.49
- Bandura, A. (1977). Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84(2), 191–215. https://doi.org/10.1037/0033-295X.84.2.191
- Dowling, C. (1981). The Cinderella complex: Women’s hidden fear of independence. Summit Books.
- Maier, S. F., & Seligman, M. E. P. (1976). Learned helplessness: Theory and evidence. Journal of Experimental Psychology: General, 105(1), 3–46. https://doi.org/10.1037/0096-3445.105.1.3
- Nelson-Le Gall, S. (1981). Help-seeking: An understudied problem-solving skill in children. Developmental Review, 1(3), 224–246. https://doi.org/10.1016/0273-2297(81)90019-8
- Rotter, J. B. (1966). Generalized expectancies for internal versus external control of reinforcement. Psychological Monographs: General and Applied, 80(1), 1–28. https://doi.org/10.1037/h0092976
- Weiner, B. (1985). An attributional theory of achievement motivation and emotion. Psychological Review, 92(4), 548–573. https://doi.org/10.1037/0033-295X.92.4.548
